How it (un) happened

2019

3331 ART FAIR 2019

それはいかにして起こらなかったか

2019年

3331 ART FAIR 2019
場所:
3331 Arts Chiyoda
毛利嘉孝氏推薦

アートフェアのためにプランしたが、実現しなかったプロジェクトのドローイングを、ギャラリーの壁に開けた穴から見ることができる作品。本作は実際に売却され、所有者はドローイング本体と、それを展示する際一度に限り任意の壁に穴を開ける権利を有している。

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3331 Art Fair (2019/3/ 6-10) のために制作されました

作家推薦者:毛利 嘉孝

持田 敦子 、遠藤 麻衣 、李 晶玉 、Shino Yanai 、キュン チョメ

<選定にあたって>

ノー・オルタナティヴ“There is no alternative”は、最近の政治経済を示すフレーズの一つだ。しばしばそれぞれの語の頭文字を取って”TINA“と訳されるこの語は、もともとは1980年代新自由主義を導入したイギリスの総理大臣マーガレット・サッチャーが好んで用いた言葉だが、その影響力はますます強まっている。とりわけ1980年代に冷戦構造が終焉し、世界中がグローバル化の中で資本主義経済の中に飲み込まれる中で、かつてのようなイデオロギー的な対立はますます消滅しつつあるように見える。日本もまた例外ではない。「景気回復 この道しかない」というのは2014年の自民党安倍政権の衆議院選挙のスローガンであり、この選挙において自民党は大勝し、政権の基盤を固めた。

本当に、現在は「ノー・オルタナティヴ」なのか。

少なくとも、今日私たちは安易に「オルタナティヴ」を語ることができなくなっていることに自覚的ではあるべきだろう。あらゆる二項対立がいまでは疑問に付されている。境界はたえずズラされ、曖昧にされ、再び引き直される。しかしこのこと自体は必ずしも悪いことではない。むしろそれは一つの変化の可能性なのだから。問題は、境界の外側を単なる〈オルタナティヴ〉として不可視化する思考なのだ。今回選んだ作家は、すべて何らかの〈境界〉を扱っているアーティストである。国家、民族、人種、ジェンダー、セクシュアリィ‥‥彼女・彼らはアーティストであるが、たえず芸術の〈境界〉を意識して、社会や政治、経済との関係性を探っている。けれども、彼女・彼らは決して何かのオルタナティヴを志向しているわけではない。また、何らかの境界の中に閉じ込められているわけでもない。むしろその試みこそ今の私たちの社会の中に中心に位置づけるべき作家たちである。

《ノー・オルタナティヴ》とは、1996年に発表されたコンピレーション・アルバムのタイトルである。エイズ危機に対応するために作られたチャリティアルバムには、スマッシング・パンプキンズやニルヴァーナなど楽曲が収められているが、なんといってもすばらしいのは、パティ・スミスが、エイズで亡くなったロバート・メープルソープに捧げた「メモリアル・ソング」のアカペラである。パティ・スミスの楽曲は、ひとりひとりの生は、すべて崇高な唯一のものであり、そこには〈オルタナティヴ〉など存在しないことをあらためて思い出させる。重要なのは、〈オルタナティヴ〉というカテゴリーに安易に分類されている者たちが、メインストリームからの安易なレッテル貼りに「ノー」を突きつけることなのだ。それは保守派の”There is No Alternative”というスローガンを私たちの手に取り戻すことでもある。(毛利 嘉孝)