プロジェクトについて

 調査で約3週間、制作で約1ヶ月にわたりキューバに滞在し制作された高さ約6メートルの階段。高い場所になればなるほどステップは細く不安定になる。素材は全てキューバで調達し、現地住民との恊力のもと実現された。
 作業の全ての工程は大きな困難が伴った。キューバのマーケットシステムは基本的に政府に管理されており、モノの自由な売買が困難であった。ブラックマーケットなども利用し、各所からスチールパイプや木材をかき集めることから制作が始まった。ステップは、通常使用するジョイントを現地で入手することが不可能だったため全て溶接により接着されるなど、設計プランをベースにしながらも、その時手に入る素材で即興的に組み上げられた。パイプを曲線にするための最高の道具が手に入ったぞ、との知らせをワーカーから受け、てっきり機械制御のものだと思っていたら、手動の道具だったり、彼らが作業をするワークショップと呼ばれる場所が、家の裏庭のウサギ小屋と鶏小屋と物干し場の間だったりした。組み上がった作品のパーツは、裏庭から家の中を通して表通りまで引きずり出した。
 素材の調達だけではなく、英語が通じない現地のワーカーとの言語的なミスコミュニケーション、政治的背景、社会的常識の違いを背景とした働き方のギャップ、普段美術作品を制作しない彼らとのイメージを共有するむずかしさ。その困難の全てが、キューバの現状を象徴し、また私のリアリティと彼らのリアリティの乖離を浮き彫りにした。

   作品の随所に、手で作られた痕跡をみることができる。それは、デザインとしては意図されていなかった、ある意味バグのようなものだが、作品を非常に魅力的なものにしてくれた。

 当初の計画では、美術館の中庭(パティオ)に12mの高さで階段を組む計画だったが、歴史的建造物である美術館の建築へのダメージの懸念と、それにまつわる書類がついに届かなかったことから、オープニング2日前に作品設置がキャンセルされ、かわりに美術館の裏庭に建てられることになった。裏庭は壁に囲まれた空間で、高い場所の作業をするために使える構造が無かった。ワーカーの安全を確保するための資材の不足により、作品は6mの高さにて完成された。彼らが「必ず間に合う」と言い切っていたオープニングの日ではなく、その次の日に。
 「キューバ人の良いところは、決して諦めないことだ」と彼らは笑っていた。

 展示終了後は、同じワーカー達によって解体が行われた。モノ不足の深刻なキューバでは、素材が何より貴重であるため、今回解体した作品素材を彼らが持ち帰っていいいという契約にしていた。美術館からの報告では、解体は非常にスムーズに行われたそうだ。